★1月 「ココ・シャネル 時代に挑戦した炎の女 」
エリザベート・ヴィスマンElisabeth Weissman 深味純子訳
映画も2本観てからこの本を読んだ。
「人生のスタートが厳しく、さらにそれがトラウマになっている場合、心を頑なにするだけでなく、前進しようとする意欲や何かを企てようとする意欲を与える。ココ・シャネルの場合その意欲には敵意や刺々しさが入り混じっていたのだった。彼女が歩むことになる人生はそれほど厳しいものだった。
彼女は臨戦態勢であることを、傷つける事を、これまで過ごした数々の苦しみを乗り越えたり、見返してやろうとすることを決してあきらめないようになる。
仕事に没頭し、成功し、お金を手にすることは、物品を所有する為ではなく、自由というこの上ない幸せを獲得するためのものだ。彼女は多大な犠牲を払って、それを手に入れた女性なのである。
★1月 ガラスの動物園 テネシー・ウィリアムズ Tnennessee Williams -The Glass Menagerie 小田島雄志 訳
1944年シカゴで爆発的な成功を収め、テネシー・ウィリアムズの名前は一挙にアメリカ演劇界の最前線に押し出された。現代の日本に生きている我々にもみずみずしい感動を呼び覚ます理由の一つは家族としての普遍性、母と娘と息子の原型としての基盤が描かれている。
母は息子に対し、「いつだって自分のことばっかし」、又は「自分、自分、自分のことしかお前は考えないんだから!」という台詞。
娘は母に対し、「今まで、あたしが何をしてるか、何をしたがっているか、してることとしたがっているこ事とどう違うか、なんて気にもしなかったくせに」と食ってかかる。
息子は母に対し「母さんにはどうだっていいんだ。今僕がやっている仕事と やりたいと思っている事とのあいだには、いささか違いがあるってことなんか!」
このような台詞は自分自身の親子のあいだの食い違いを思い起こさせ、さらに家族というものが、外なる現実社会に対してはお互いに寄り添うと同時に、家族内部においてはそれぞれが究極的には孤独であることを思い当たらせてくれる。
FM東京の 作家小川洋子さんの番組で「ガラスの動物園」が紹介されていたので読んでみたが、さすが!良い本を読めて大変満足である。